蔵はどこにあるの


岐阜県多治見市笠原町とは

hudoutaki
岐阜県は上が富山で下が愛知に挟まれた海のない山国です。
その下のした右の端を東濃地方と呼んでいます。
昔の尾張、三河、美濃の国境に位置しています。
ここには標高700メートルの三国山があります。
この辺りでは一番高い山なのでささやかな分水嶺です。
そこから川の流れに沿って下っていきます。
町の水源地、不動の滝の入口を通り過ぎると湯気をあげている工場が見えます。
昔は川の流れを使って水車を動かし粘土をこねていたのです。
hudoutaki そして笠原に入ります。

ここは室町期よりやきものをつくっています。
今も酒蔵の物干場からは何本も窯場の煉瓦で出来た煙突が見えます。

(株)三千盛

〒507−0901
岐阜県多治見市笠原町2919
電話 (0572)43−3181
FAX (0572)43−3183
東経137度09分30秒
北緯35度17分46秒

地図はこちら
kamaba

不動の滝

窯  場


酒蔵の昔むかし


尾張の国は清洲 織田信長が最初の城下
にぎわった事も今は昔
あっという間の清洲越え

mizuno tetuji

初代 水野 鉄治


 城は名古屋にありそこから西を見れば広々とした尾張野のはるか彼方には小高い山々が続いていました。
その清洲出身の水野鉄治は名古屋の城下を通り、陶工の町瀬戸をぬけた。
故郷から見ていたあの山がすぐ近くになっていました。
その峠を越えていけば土岐の笠原

そこに住み着くことにになった当人は、その後長い月日の後安永年間(1771年)に造り酒屋を開業いたしました。
その頃では「金まるお」「銀まるお」「炭まるお」の名前で売っていました。

三千盛の屋号は初代出身にちなみ尾張屋 が屋号となりました。
mizuno tetuji 2nd

二代目 水野 鉄治

かつては印の酒の他に夏場は 醤油やの豆味噌を造っていた頃もありました。

taru


明治の末に「金まるお」は「黄金」の名にかわりました。
瓶がまだ広まってなかったので酒はすべて樽詰め小判の図柄の上に「黄金」と書いたレッテルをつけて売っていました。
ところが「黄金」を名乗る銘柄が全国で20以上もあり、何とか独自の名前をつけたいと6代目の水野鈴吉は苦心していました。
そのころは全国に1万件の造り酒屋があって鈴吉の考えた名前はすでに全て他の酒屋から登録されており、この上は土岐とか笠原とかの地名を冠した名前にするしかなかったのです。
そんな折りに、この名前ならすぐ登録できるというレッテル屋が持ってきたのがこの「三千盛」でした。

ホーム 蔵はどこにあるの 酒蔵見学 お酒のこと いい店みっけ 三千盛の紹介
ご注文 気ままな日記 「水口」の酒 お酒の相談室 お酒の談話室 リンク