一杯きげんのこと


作家−永井龍男氏談話


 もうかれこれ16〜7年近く前のこと、旅先の岡山で、この酒を発見した。あの頃はまだ、瀬戸の魚がうまくてね。御馳走はすばらしいんだが、酒がいけない。どれもこれも甘ったるくってすぐあきがくる。親戚の家だから遠慮なく言うと、東京からきた客だから、いままで出したのはみんな灘の酒で、あとは岐阜からもらった地酒が残っているだけだ、という。それじゃあ、それを呑ませろと言って、はじめてお眼にかかったのが、「三千盛」なんだ。

 から口で、癖がなく、とてもよかった。その味が忘れられず、鎌倉へ帰ってすぐ、醸造元から取り寄せてあらためて試飲した。間違いなく、うまい。鎌倉うちでも、大層評判がよくそれが縁で三千盛を愛飲してくれている人が多い。それまで私は、灘のある酒、醸造元から樽酒を直送させて十数年呑んでいたのだが、それをやめて三千盛の瓶詰に転向した。

 ちょうどその頃、ある座談会で酒の話が出たので、どこの酒も砂糖水のようになったが、この三千盛はうまいとおしゃべりをした。
 世の中には物好きがいるもので、私の話を読んで三千盛をさがしまわった人がいる。渡辺虎信という銀座でピアノ関係の商売をしている愛飲家で、岐阜県の物産館東京出張所などに問合わせたりして三千盛を入手、呑んでみるとなるほどこんなうまい酒はないと感心した上、新橋駅に近い烏森神社の境内に早速、「司家」という呑み屋を新規開店、奥さんに店を守らせて、自分が第1号の客になった。この人は東京朝湯会の会長を勤めて、その方でも有名な変わり種だが、逢って話してみると、戦前から戦後にかけての日本橋から銀座界隈の、多少名のある呑み屋なら知らないところはない愛酒家だった。その人が、この酒にほれて店を出した。

 世の中に酒呑みは沢山いるが、どうも自分で、自分の呑む酒を選ぶ人がすくない。ほとんどが、名柄で呑んだり、名柄の通った酒を呑まされて満足しているし、呑ませる店の方も、自分のとこは一流の酒を使っていると大きな顔をしているようだ。宣伝の行き届いた酒はうまいのだと、無条件で信じる習慣があるんだね。

 三千盛というのは、どこの酒だ、岐阜県の多治見市に近い笠原町というところの酒だと答えると、ああ地酒だねと、わかったような顔をする人がある。
 地酒とは、灘以外の地方で出来る酒を言ってきたのだが、昔と違って、この頃は灘と地方の差別はない。大手の酒造会社は自家醸造の酒の外に、こういう地方の醸造酒を買い集め、それを調合あんばいして瓶に詰め、自分のとこのレッテルをはって市場へ売り出しているのだから、差別のある道理はない。こんなことを物識り振って吹聴するのではない。誰だって御存じの事実なんだが、まだまだ灘以外の酒なら地酒だと、古い言いならわしを鵜呑みにした半可通がいる。
 大手の酒造会社が、地方の蔵元から酒を買い集めて、自分の店のレッテルをはる世の中であれば、今日の地酒は自分の蔵で造り、自分の家の名柄で売る、正直一途な酒という意味になるんだ。

 三千盛は、甘い酒でなければ売れぬというこの2〜30年間、先祖伝来のから口を守って、まやかしのない、正直一途の商売を通してきた酒作りである。この頃、いろいろな品に「手作りのよさ」というが、この酒こそ手作りの味だよ。
 酒が甘ったるくて呑めないという友人の言葉を聞くごとに、それではこの酒を呑んでみてくれと、別に頼まれた訳ではないが、宣伝力皆無の点に同情して肩を入れ、肩を持ってきたのは、その生一本さにほだされたからだが、うれしいことに、銀座でも、赤坂、日本橋でも、東京の盛り場でこの酒を使う店が方々に出来た。

 から口の酒と一口に言っても、いろいろあるが、正直一途でごまかしのない三千盛を敢えて愛酒家諸兄におすすめする。まあ一度、是非呑んでみてください。


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